第75回日書展受賞者 佐野玉帆先生

サンスター国際賞受賞 佐野玉帆先生インタビュー

受賞作

太田水穂(おおたみずほ)の短歌「白王(はくおう)の牡丹(ぼたん)の花の底ひより湧(わ)きあがりくる潮の音きこゆ」

第75回日書展サンスター国際賞は、かな部の佐野玉帆(さのぎょくほ)先生が受賞されました。「牡丹の気品ある存在感を銀箔を施した料紙(和紙)に、衒いのない精神をもって書かれ、奥深い作品となっている。歌の世界感を堪能したい」と評されています。

佐野先生に作品への思いやポイント、書との出会いなどについてお話を伺いました。

今回の作品では太田水穂さんの歌を題材に選ばれていますが、どのように選ばれたのですか?

作品では、どの歌を題材に選ぶかが重要です。かなの場合は季節感も大切なので、展覧会の開催時期を考慮して、また、その時、私自身の心に響いた歌を選んでいます。今回の作品では、牡丹の花の情景が鮮やかに目に浮かび、湧き上がるような力強さを感じてこの歌を選びました。

この作品のポイント、作品への思いについて

一枚の紙の中で、どのように景色をとらえるかということで同じ歌でも書く先生によって表現が異なります。
かなは、仮名、漢字、変体仮名の組み合わせによって作品も変わってきます。また、紙の大きさや色、墨の濃淡などを歌の意味、込められた思いに合わせて組み合わせていますが、何よりも自身の心に響いた歌を、そのまま表現することを大切にしており、この歌は自然に筆が運びました。かなならではの優雅さや、やさしさを伝えられれば嬉しいです。

どのようにして作品を制作されたのでしょうか?

実は今回、2~3首の歌を組み合わせて横書きで書こうと思っていたのですが、心に響いたこの歌と調和する歌が見つからず、この歌1首で書き始めました。
まず、筆で書く前に、鉛筆書きで構想を練るのですが、まっすぐ書いていく「行書き」と、「散らし書き」*という文字を散らして書く手法の両方を試みたうえで「行書き」にしました。
その後、実際の紙に書くのですが、力むことなく、自然体で書きたいと常々思っています。書家にもよると思いますが、私はある程度構成が決まったらあまり何度も書き直すことはしません。細かな部分が気になって直しているうちに、歌を選んだ時の思いや、何を書きたかったのかがわからなくなってしまうからです。
この歌に対しては、牡丹の花が満ちて湧き上がるような景色が見え、自分が心で感じたままを表現するよう心掛けました。

* 「散らし書き」とは、かな作品によく見られる構成方法で、色紙や短冊、手紙などに和歌や文章を書く時に、行に高低をつけて文字を散らすように書くこと。行の位置を整えずに、とびとびに書いたり高低を付けたりして文字を散らすように書くことで、作品に多様な変化をもたらすことができる。

先生が書に出会われたきっかけや、これまでの活動について教えてください。

小学校3~4年生の頃に今は亡き筒井扇玉先生の書道教室に通い始めたのがきっかけです。
やさしい先生で、通うのがとても楽しかったことを覚えています。
中学生になり部活が忙しく一度止めたのですが、十代の終わりに再開し、そこから本格的に書として仮名を習い始めました。就職、結婚、子育て時には集中できないこともありましたが、止めることはありませんでした。
一生懸命"書の道"に取り組んでいる先輩方の姿を見て悩むこともありましたが、扇玉先生に「いずれ自分の時間を持てる時が来るから、今は家庭を大事にしなさい」と仰っていただき、とても有難かったです。夫の転勤で海外にいる時期にも展覧会に出品していましたし、何かしら書とつながり続けていました。心から、『継続は力なり』と思います。

様々なライフイベントがある中で、先生が書を続けてこられた原動力、魅力は何でしょうか?

書くことももちろん好きでしたが、一方で作品を作る際は生みの苦しみもあります。やはり人との繋がり、先生方など、素敵な方々に出会い、社会との繋がりを感じられたことでしょうか。また松井玉箏先生はじめ多くの方にお世話になりながら続けてきていますので、皆さんの顔が浮かび、今まで積み重ねてきたことを止めるという気持ちにはなりませんでした。

今では結婚しても女性が働くのが普通ですが、当時は結婚したら仕事はやめるのが一般的でした。一時は休みがちになる時期もありましたが、続けてきたことで、家庭だけでなく、書道界の中にも足を踏み入れ、組織の中に身を置き、展覧会や、今回このような賞をいただくなど、世界が広がりました。

今後の抱負についてお教えください。

自分の納得できる書をかけるようになりたいと思っています。理屈やテクニックではなく、自由に書けるようになりたいです。また、昨年から続く新型コロナウイルスによる生活の変化を経験しますと、最近では、何でも、先送りにせず、出来るときに出来ることをチャレンジしていきたいという思いを抱いています。

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