第76回日書展受賞者 鷹野理芳先生

日本の美意識で確立された「かな」の世界を生きる

サンスター国際賞受賞 鷹野理芳先生インタビュー

受賞作

第76回日書展受賞者 鷹野理芳先生 受賞作

第76回日書展サンスター国際賞受賞は、かな部の鷹野理芳(たかのりほう)先生が受賞されました。「白と黒の簡潔にして深奥なる世界に仕上げた筆者の思いに心を揺さぶられる。
藤壺の秘めた想いを筆に託し序破急を駆使し終章へと導いていった」と評されています。
鷹野先生に作品への思いやポイント、書との出会いなどについてお話を伺いました。

第76回日書展受賞者 鷹野理芳先生

源氏物語を選んだ理由は

第76回日書展受賞者 鷹野理芳先生

源氏物語は、日本を代表する文学のひとつとして、世界でも研究の対象となるほど愛されています。源氏物語を恋愛物語と思う方が多いのですが、紫式部は、人間の本質に迫るものを物語という形で描いていると感じます。 表面的な歴史には現れてこない、思いや人の生き様、そして死。時代の中で人は何を求め生きるのか。普遍的なテーマが描かれています。紫式部が何を美しいと思い、何に価値をおいたのか。そんな「美のバイブル」として読み、感じたことを書作品に出来ればと思いました。

元を辿ること高校時代に、古文の音読が上手な先生がおられて、涙が流れるほど心を揺さぶられた経験から、古典文学の音読が好きになり興味を持ちました。音が柔らかくて、声に出して読み上げると幸せな気持ちになります。今も小学生の子どもたちや大学で書道を教える機会に、古典文学の音読を取り入れています。中でも源氏物語は、いわばライフワークでもあり、そのような意味でも、源氏物語で賞をいただけたことは、この上ない喜びでした。

書道をはじめたきっかけをお聞かせください

母に連れられ飯島春敬先生の教場の門を叩くことになりました。「お稽古事は6歳の6月6日から始めると上達する」という花伝書*1の習いで、母と春敬先生にご挨拶にお伺いし、春敬書道院に入門を許されました。その後、春敬先生のご夫人であられる敬芳先生が、あづさ書芸社を立ち上げられ、敬芳先生を師とし、かな書道を学ぶこととなりました。
子供の頃は、書道が好きというよりは、母が怖くて続けていたようなものでしたが、先ほど申し上げた古典文学のすばらしさに触れ、その時代に生まれた「かな」を書いてみたいと思うようになりました。

*1 花伝書:風姿花伝(ふうしかでん)の通称。世阿弥が父観阿弥の遺訓に基づいてまとめた最初の能楽論。

「かな」の魅力とは

当時、春敬先生は袴、敬芳先生はお着物で教場におみえになりました。「書道を学ぶものは、能を見なさい」と春敬先生が大人の方に仰っていました。その後、能を観に行って、春敬先生の歩き方が能の足運びと同じだと気がつきました。身につくほど学ぶことの大切さを感じ、書と能に共通することは「秘めた美」なのではないかと思いました。
「かな書道は読めないから」といわれます。しかしそこには日本の美意識が詰まっています。古典文学の音読のような、たゆたうような感覚、余白の美。自然の景色のような潤筆と渇筆で生まれる立体感、それぞれの文字が引き立て合う調和。
その上、「かな」は千年以上前の肉筆が現在も残っています。古筆を拝見したり、臨書すると、書き手の息遣いや筆の運動、考え方を受け取ることができるのです。呼吸の長さから丹田をしっかりと鍛えていなければできない技術だということも分かってきます。このようにかな書道は、千年以上もの時間を超えて先人とつながることができることを感じます。

先生にとって「書」とは

「書道」は、たくさんのことを教えてくれた大きな世界です。字が上手になるための学びや幸せがある以上に、生きることそのものを教えてくれた人生の「道しるべ」のようなもの。そのことを先生方、書友の方々から、そして古筆の学びを通じ、千年以上前の先人からも教えていただいております
また、英国で生活していたときに書の説明をしていて気づかされことがありました。「漢字」は字の如く中国から渡ってきた文字です。英語ではChinese character、「かな」はJapanese syllabary characterと訳されます。文字通り日本で生まれた文字だと。
そして、海外にも日本の書を愛好する人はいて「こんなに美しい文字を見たことがない。あなたたちは幸せですね」と言われました。続けて「一度失われたら元には戻せないもの。あなたはこれを伝えてくださいね」と言われたことも心に残っています。
かな書道を学ぶほど、日本の誇る素晴らしい文化のひとつだと分かります。「かな」は、心の思いをたおやかな流れとともに文字に表したもの。かな書道を学ぶ私たちは、その素晴らしさ、美しさを次世代に伝える役割も担っているのだと思っています。

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