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第77回日書展受賞者 杉山玉秀先生

流麗な筆遣いに雲の景色を見る「かな」の美

サンスター国際賞受賞 杉山玉秀先生インタビュー

第77回日書展授賞式 杉山玉秀先生

受賞作

第77回日書展受賞者 杉山玉秀先生

昨日こそは年は暮れしか春霞春日の山にはや立ちにけり他
柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)「三十六人撰」

第77回日書展サンスター国際賞は、かな部の杉山玉秀(すぎやまぎょくしゅう)先生が受賞されました。
「三十六歌仙五十首の四季を織り交ぜたちらし。たゆたう波のごとくに穏やかな筆致で脈々と連なり、本来巻子のものをあえて三段に仕立てた額装により公達や姫君の姿を彷彿とさせる平安絵巻がここに開花された」と評されています。

杉山先生に作品への思いや、書との出会いなどについてお話を伺いました。

日書展サンスター国際賞 受賞作品

日書展サンスター国際賞 受賞作品

作品部分

作品部分

三十六歌仙を選ばれた理由をお聞かせください

杉山玉秀先生 1

ここ2年ほど、三十六歌仙の歌を書くことが多かったのですが、何か1つまるごとの作品を手掛けてみたいと思いました。百人一首は多くの方々が書かれていますし、百五十首から成る三十六歌仙は、歌数としても丁度良いように思い、改めて取り組むことにいたしました。はじめの柿本人麻呂の歌「昨日こそは 年は暮れしか春霞 春日の山に はや立ちにけり」から50首、全体の3分の1が今回の作品です。今後、50首づつ同じ型式の作品を2作品創ることで、三十六歌仙全150首を網羅することになります。
師である故小山やす子*1 先生も、かつて大作として伊勢物語をお書きになっていて、特注の料紙に金銀がふんだんに使われた贅沢な料紙を使い、六曲一双の屏風に仕立てられました。後世に残る素晴らしい作品です。現在、成田山書道美術館に収められています。そうした大作にも思いを馳せて書きました。

*1 小山やす子:文化功労者で日本を代表する書家。現代のかなの大家として、書道界を牽引。毎日書道会および日本書道美術院の常任顧問、日展顧問でもあった。2019年に逝去。享年94歳。

作品に込められた思いをお聞かせください

小山先生が、いつも空に浮かぶ雲を眺めては、どんな風に表現しようかと考えておられて、流れる雲がお好きだったので、歌の配置は、雲の流れをイメージしました。書き出しは、文字の下に大きな空間を取り、その下段の紙面は文字を多く入れたり、上下に配置したり、広い空に浮かぶ雲の重なる景色とでもいいましょうか。また、私は一文字の中の空間を大切にしますし、字と字をつなぐ連綿線も少し遠回りするように筆を運びます。そのため書き進めることに時間はかかるのですが、おおらかで風通しの良い字になっているのかもしれません。それが空の景色の一部となって、見ていただく方々に、音の響き、ささやきをひとつの絵画を見るように感じていただけたら嬉しく思います。

書道をはじめられたきっかけは

杉山玉秀先生 2

大学を出て一旦は製薬会社に就職したのですが、結婚を機に退職し、その後は主婦になりました。芳名録で綺麗な字を書きたいというような些細な動機で書道を習おうと思ったのがはじまりです。夫の祖母に「それなら本家の近くに良い先生がいらっしゃるから訪ねてみては」と勧められて、結婚4カ月後に入門したのが小山やす子先生のお教室でした。門下に入って今年で50年になりますが、先生が2019年の早春に逝去され、夫はその秋に亡くなりましたので、夫の元に嫁いだことは、そのまま書の道に嫁いだような人生を送ることとなりました。書は人生の糧ですね。夫は、私が書に打ち込む姿を見ているのが好きでしたし、夫の協力があってこそ、この道を続けて来られたことでもあります。今回の受賞も、もし生きていたら誰よりも喜んでくれたと思います。

作品を書く上で苦労されることはありますか

作品をつくるときは、とにかく楽しいのですが、いざ本紙の清書となると、書きはじめは緊張で心拍数が上がってしまいます。それを過ぎれば、一気に書き進めて行けるのですが、毎回書きはじめるときは苦しいですね。書いてからの見直しも結構しますし、何回も書き直すこともあります。筆運びの勢いの加減で、違う文字に見えてしまうこともあるので、丁寧な校閲は必要になります。疑問が浮かべば辞書を引いて確認することも少なくありませんし、見直しすることに終わりがないですね。墨の濃さ一つとっても自分が使いたい色まであと何回墨を摺るか、あるいはやめるか、どんなことも「ここまで」と自分で決める、その判断は難しいものです。先生の一言「これで良いんじゃない」をいただければ、簡単に済むことですけれど(笑)

これからの抱負、あるいは何を目指していかれますか

杉山玉秀先生 3

何かを目指すということではないですが、「品格」のある字を書きたいという思いをずっと大切にしてきましたので、それだけはこの先も追求していきたいですね。これからも良いものをたくさん見て、コツコツと勉強は続けて行きたいと思います。晩年の小山先生とある書展を観に行ったとき、先生は事前に分厚い図録すべてに目を通されていて、会場で作品を鑑賞しながら学芸員の先生にたくさんの質問を投げかけておられました。その姿を見て、どんなに年齢を重ねようとも、学ぶ姿勢、その熱量は持ち続けるべきだと教えていただいた気がいたします。こうした先生と過ごして学んだことは、先生が主宰されてきた「玉青会」の方々や、様々な場所で話をする折に触れ、伝えて行きたいですね。そのようにして、次世代の方々を育てていくことも私の役目だと思っています。

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