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文化の発展のために

第72回日書展 サンスター国際賞を授与

サンスターは日本書道会で最も権威のある日本書道美術院が主催する「日書展(にっしょてん)」において、最高賞であります「サンスター国際賞」を授与しています。この賞は「文字の文化である書」を国際的な価値として高める目的で1968年に設立され、2009年よりサンスターが支援しています。

最高賞であります「サンスター国際賞」は、日本の数多い書道展のなかで唯一、国際賞として位置づけられており、権威ある賞として認められています。
日本書道美術院には漢字部、かな部、新書芸部、篆刻(てんこく)部の4部門があり、国際賞の対象者は、各部門の第一科の審査員書家となっています。


2017年1月5日(金)に第72回日書展の授賞式が執り行われ、サンスター国際賞は新書芸部の浅田 聖子(あさだ せいこ)先生の作品の「大地の鼓動」に授与されました。


第71回日書展 サンスター国際賞受賞作品と浅田先生


日本書道美術院副理事長 大谷洋峻(おおたに ようしゅん)先生は「心の高ぶりを筆に託し、息づくままに運筆した大地の鼓動。豊かな墨量と大胆な渇筆が紙面を揺さぶり迫力に溢れた作である」と評されました。



サンスター国際賞受賞 浅田聖子先生インタビュー


第72回 日書展 サンスター国際賞


とても迫力のある作品ですが、「大地の鼓動」という題材はどのようにして選ばれたのでしょうか?

月に一度、身体のメンテナンスしていただいている先生に、神戸孝夫先生とう方がいまして、バリトンの声楽家でもあり、作詞作曲もされ、そのうえ医学博士でもある、とても多才な先生なんです。
その神戸先生に施術を受けていた際に、先生が作曲された、中国を題材にした「四千年の恋」という組曲のお話を伺っていて、その中で「大地の鼓動」というワードが出てきました。
その瞬間、私のアンテナがピピピッと反応したんです。インスピレーションで、これは作品にさせていただけるな、と直感しました。

その場で作品になると思われたそうですが、なぜ確信できたのですか?

直感的に作品にさせていただけるなと思いました。作品のイメージが真四角の紙に構図も含め、こう書こうとぱっとパワフルな作品のイメージが湧きました。
言葉によっては、いい言葉でも作品にならないものもありますが、今回は悩むことなくすっと頭にイメージが湧いたので、書いてみようと思いました。

どのように書き進められたでしょうか?

7月頃で、聞いた感動をそのままに制作したのが、今回受賞した作品です。紙もしまっておいた中から古い台湾画仙をたまたま引っ張り出したもので、出品する作品を書くぞ!と意気込んで書いたというよりは、言葉との出会い、また紙との出会いが偶然に重なり合って、今回の作品となりました。
実は、日書展用に、秋に今一度、紙をたくさん用意して書いたところ、なぜか、うまくいかず、7月の作品を超えることができませんでした。ですので、7月に書いた作品を日書展に出品しましたところ、サンスター国際賞を受賞させていただくことができました。
受賞後先生方にお話を伺うと、「自然体でよい」や、「肩に力がはいっていないのがいい」とお言葉を頂きました。
今までも何度かありましたが、作品はいつできるかわからないものですね。

台湾の画仙とおっしゃっていましたが、紙の種類のポイントがあるのでしょうか?

私たちが使う紙は、中国画仙か、台湾画仙といわれるものです。
実は紙はとても繊細で、作られた年でも違うんです。また、昔のほうが紙の質も良いと言われていて、また、出来立ての紙を使うよりも、たとえば、長年、ねかせておいた古い紙のほうがいいと言われています。

先生と書との出会いについて教えてください。


私の母は仮名の書家で、小さいときに強制的に書かされていたのですが、今思うと、4歳頃の作品もまだ残っていて、母に感謝しています。ただ、やはり、母の下では一生懸命やらなかったですね(笑)
私の師匠は、駒井鵞静(こまい・がせい)といいまして、20歳頃に、駒井先生の作品に惹かれて弟子入りしました。駒井先生は現代文を書く新書芸の先生ですから、古典作品を書く仮名の書家である母とは異なる世界です。最初は弟子入りを許可してもらえず、1年かけて母を説得し、駒井先生に弟子入りさせていただきました。そこからが、本格的な勉強を始めたと思っています。

私は現代文を書く世界を知らずに、古典的な臨書をずっとしていたのですが、高校生のときに広島の原爆ドームの保存運動を熱心にしていました。そんなとき、たまたま駒井先生の個展で、「原爆許すまじ」という作品があったんです。現代文の作品も初めて観ましたし、また、自分が今やっていることを表現できる作品に感動し、なんとしてもこの先生の門下になりたいというのが直接的なきっかけです。

ご自身で道を切り開いているからこそ、パワフルな作風なのですね。先生の作品には感情がそのまま表れているように感じて素敵ですね。
現代文を書く世界とおっしゃっていましたが、新書芸の魅力はどのようなものでしょうか?

感情をそのまま表現できるという点です。
それと、書を書かない方たちにも、書の魅力、書ってこんなすばらしいものなんだと伝えるのは私たち現代文を書く者の役目だと思っています。

誰もが読める文章を書いているという点で、現代文を書くジャンルが一番、書をなさらない方たちに、アピールできると思っています。


日書展会場で席上揮毫をする浅田先生と、観客の皆さん

作品を制作する上で気をつけていることはありますか?

その言葉にあった表現であることにも気をつけています。たとえば優しい言葉なのに強い表現だと合わないですし、墨の濃さも、濃墨にするのか、淡墨にするのか、など。
言葉のよさを最大限引き出すように、心がけています。

先生にとっての書とは?

依然、銀座画廊で個展を開いた際のことです。
私の作品をみて泣いていた方がいました。長く介護をしていたお舅さんがなくなって、これから自由になると思っていたけれども、いなくなった悲しみのほうが大きく、毎日泣いていたと。でも、作品をみて元気が出てきましたとおっしゃってくださいました。

私も長年母を介護して、時間的制約からなかなか作品を書くことができない時期がありました。そのとき、書を書きたいという思いが、マグマのように湧き出てきて、60歳で銀座で大作展をしたのですが、そのとき、私の使命は見てくださる方が元気になってくださるような作品を制作することだと思いました。

作品は私の分身であり、自身でもあります。私の作品を見てくださる方々が、私の作品と対話をしてくださっている、それがいいなと思います。
人生で大変な思いをしたり、いろいろ皆さん抱えていることはありますけれども、そういうときに少しでも、私の作品を見て元気になってくださったり、もう一回やってみようと思ってもらえたら最高です。