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Interview Vol.8【漢字の世界】吉田菁風(よしだ・せいふう)先生

吉田菁風先生プロフィール

1947年 東京生まれ
2012年 第66回日書展「サンスター国際賞」受賞

現職
毎日書道展 審査会員、日本書道美術院 理事・審査員、全日本書芸文化院 運営総務、無心会 運営委員長、芳池会代表

吉田菁風先生の作品

虚室静(きょしつしずかなり)
誰も居ない部屋がひっそりと静まり返っている
90cm×240cm

一念通天(いちねんつうてん)
決意を持って一心に取り組めばその想いは天に通じて成し遂げられる
136cm×106cm

本日は漢字の隷書体(れいしょたい)についてお話いただけるということですが、 隷書とはどのような文字なのでしょうか?

漢字には5つの書体があり、我々は「篆隷楷行草(てんれいかいぎょうそう)」と呼んでいますが、1番古い文字が篆書、神事で亀甲などに刻まれていた神意を占うために生まれた文字、隷書は2番目に古い文字です。中国、後漢の時代は隷書の全盛期で、多くの石碑などに刻まれています。2000年も昔に現代でも読むことができる文字が既にあって使われていたのです。その頃、日本の時代ではまだ弥生時代ですから、中国は日本よりも遥か先を進んでいたということになりますね。

漢字は、篆書から隷書、隷書から楷書、楷書から行書…さらに草書、というように変化していったのでしょうか?

書の変遷

言葉では「篆隷楷行草」の順ですが、作られた順番は少し違っていて、楷書が最後にできました。楷書とは皆さんがお習字のはじめに練習した文字ですね。いつの時代でも人はだんだん忙しくなって、文字を記すための時間を節約するようになりました。そのため、篆書、隷書、草書とより早く書き記せる書体へと変遷を辿っていった訳です。

5つの漢字書体の中で、隷書にはどのような特徴がありますか?

隷書については、今日お持ちした「礼器碑(れいきひ)」で見てみましょう。礼器碑とは、魯相(=魯の宰相)の韓勅(かんちょく)が孔子廟の修築と祭器を修復した功績をたたえ、後漢の永寿2年(西暦156年)に刻まれた石碑です。
隷書には大きく4つ特徴があります。

起筆逆入

①字形が扁平
②横線が水平
③書き始めの筆は逆入(起筆逆入)穂先をくるむようにして線を引く
④一ヶ所に波磔(はたく)がある
 (波磔=右上へはじき出す) 

写真左から「西狭頌」と「礼器碑」

確かに礼器碑に刻まれた文字を見ると隷書の特徴がよく分かりますね。

礼器碑 西狭頌

礼器碑の隷書は、線の太さや強弱の変化、特に波磔を強調した、正に“隷書の中の隷書”と言えますね。正攻法といいますか、洗練されたいわゆる優等生タイプの隷書体です。
隷書にも実に様々なスタイルがあります。もうひとつお持ちした「西狭頌(せいきょうしょう)」ですが、西狭という渓谷を安全に往来できるように修治した武都太守(=武都の大名)の李翕(りきゅう)の功績をたたえ、後漢の建寧4年(西暦171年)に建てられた記念碑です。同じ隷書でもこのような野趣に富むものもあります。字形はそれほど扁平ではなく隷書にしては縦に長いですね。素朴で親しみやすく、くだけた面白さがあります。
どちらが優れているとうことではなく、それぞれに良さがあると言えます。

隷書としての共通の特徴がありながらも、それぞれに魅力がありますね。

中国の文字は骨格が強く理知的で構築性に優れています。礼器碑や西狭頌など、碑に刻まれるものの多くは、功績を収めた人物を褒め称えて後世に残すためにつくられたものです。重みのある隷書は、現代においても大きな会社の看板や老舗酒造のお酒のラベル、新聞のタイトルなどに使われています。私にとって隷書は好きな文字ではありますが、その時々書く言葉によって相応しい書体を選び、字形をどのように表現するかを考えます。もし和菓子の包みに使われる文字だとしたら、日本の文字の流麗なやわらぎのある印象の方が美味しそうに見えるかもしれませんし、色紙に書く言葉なら、漢字一文字書くなら…と、選ぶ書体も自然に変わります。

これだけ様々な書体の中から、一つ選ぶ事だけでも簡単ではないように思えてきます。

そうですね。そのために、優れた手本を見て書く、臨書が大切なんです。様々な古典を繰り返し書くことによって自分に染み込んでいく。どのような書体を選び、どのような字形にしたいか、作品を書く上で閃くのは、臨書を通してどれだけ自分のものにできたかによって決まるのです。引き出しを増やすというのは、そういう事なんですね。品格のある作品を書くために、古典を拠りどころにする事はとても重要です。ただ自由に書いているだけでは、品位のある文字にはならないですから。

品格のある文字のために、選ぶべきお手本も大切だということですね。

勿論お稽古することが一番ですね。何度も書くことによって、気持ちが入りますから、初心者が100回練習して書いた文字が、上手な人の1回書いた文字よりも心に響くということもあるのです。 どんな形であれ、書に親しんでいただきたいですね。字を書くと心が落ち着きます。それは、子どもも同じです。これからの教育にこそ、このような精神面の充足を知る時間が必要で、早くから書道に限らず芸術的なものに親しむことは、長い人生の中で重要だと感じています。私自身、これからも書くことを楽しんで続けていきたいですし、また1人でも多くの人に、書道の楽しさを味わっていただきたいと思っています。