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Interview Vol.7【仮名の世界】松井玉箏先生

松井玉箏先生プロフィール

1951年生まれ。1992年第46回日書展梅華賞、2007年ジェトロニクス国際賞。

現職
毎日書道会理事、日本書道美術院常務理事、大東文化大学非常勤講師、かな書道作家協会副理事長、全日本書道連盟評議員、日展会友、銀扇会主宰

松井玉箏先生の作品

月宮殿の白衣の袂も いろいろ妙なる花の袖
秋はしぐれの紅葉の暮袖 冬は冴えゆく雪の袂
謡曲 鶴亀より(70㎝×136㎝)

本日、先生からご紹介いただくお好きな書は“本阿弥切(ほんあみきれ)”ということですが、本阿弥切とはどのような書なのでしょうか?

本阿弥切は12世紀のはじめの古今和歌集の写本ですが、寛永の三筆の一人である本阿弥光悦が愛蔵していたことから「本阿弥切」と呼ばれています。古今和歌集の平安時代の古写本の「高野切(こうやきれ)」と並ぶ貴重な書の作品です。 私もはじめのころは、端正な字で書かれた高野切を臨書していましたが、手紙が書けるようになりたいという私に師匠(筒井扇玉先生)が「それなら本阿弥切をお手本にするといい」と勧めてくださいました。

本阿弥切の魅力とはどのようなところでしょうか?

高野切は一首2行と決まっていて、端正な字で、お行儀が良い感じなのに対して、本阿弥切は、一首を2行から3行になっているものもあって自由に書かれています。これまで様々な臨書をしてきましたけれど、本阿弥切が一番好きですね。
このような小さなものの中に、抑揚があって、たえず筆を動かしていて、筆圧の浮き沈みの運動量が多いところも素晴らしいですね。活き活きとした躍動感の中に、書き手の息づかいまで伝わってくるような気がしませんか?
このあたりを見ると畳み込んでいくような部分もあって楽しいですし、その前には線を伸ばしていくような動きもあって、左右の裾のまとめ方もとてもいいですね。行列が真中心ではなく、隣の行と上手く絡み合わせながらまとめています。このような表現の豊かさが魅力でしょうか。

確かに、お話を伺いながら眺めていると、小さい紙の中にも様々な表情の文字があって、その上で調和が保たれて、こちら側に浮き上がってくるようですね。元は巻子だったということですが…

そうですね。これも本阿弥切とほぼ同じ位の大きさになりますが、師匠の作品「初音」です。(本阿弥切も)元はこのような姿だったのかもしれませんね。この作品は師匠の個展で展示された作品のひとつですが、源氏物語の初音を題材に書かれたものです。仮名の世界では、物語を書くことはあまりないので、このような長文を扱った作品は珍しいと思います。とても長いものですから、途中で休憩してしまうと字の調子が変わってしまうということで、先生は夜を徹して書き上げられたそうです。

これだけ長いものを書き上げるには相当の集中力がなければできないことですね。

そうですね。筒井先生の字は、ふくらみがあって、たおやかですね。線のつややかさと温かみがあるんですね。色っぽさといいましょうか。それでいて凛としていてハリがある。
仮名は遊糸連綿とした流れと調和が大切ですが、まさに先生の字にはそのような豊かに溢れていますね。ご指導を受けて、近づいていると思うけれど、今もなお、どのようにすれば良いかと、試行錯誤を繰り返しながら考え続けています。

今もなお、理想の字を求めておられるということですね。

時々書いているうちに分からなくなることがあって、師匠の字から離れていないつもりでもこれではいけないのではないかと、違うのでは、と自問することもあります。でももし先生が生きておられたら、先生ご自身も変わっていったはずですし…。
先生が亡くなられる前に「自分の書をつくり上げればいいのよ」とおっしゃってくださっていました。はじめのお稽古は真似から始まるものですが、好きな書と巡り合って、書いた人の呼吸をも感じさせるような字を筆の運びまで意識して書いていくことで、いつか自分の書きたい字に近づいていけると信じて書いていくしかないですね。

重厚な折り帳には、様々な古筆の書が収められていますね。

切(きれ)とは、書道や茶道で使う言葉ですが、元々は冊子本や巻子であった和歌集、漢詩集などの写本を鑑賞用に切ったもので、茶道で用いる掛軸や手鑑(てかがみ)*という折帳に貼り込んだりします。貼る順序にも決まりがあって、貴重な書の写本を昔は収集家が集めたもの自慢しあっていたんでしょうね(笑)。
時々開いて、それぞれの字を眺めてみることがあります。

最後に今後の抱負などをお聞かせいただけますか?

今後の課題は、次世代の方々の活躍の場をつくっていくことでしょうか。 私自身、まだまだ早いと感じている時期から、筒井先生は、前へ前へと背中を押してくださいました。期待に応えられるように、またその場に相応しい字を、より良いものを書きたいという一心で練習していたように思います。
同じように若い方々にも早い時期からたくさんの経験を積んでいただいて、書道界の将来を担っていただけるようになっていただきたい。これからは支える側の立場となって書道界に貢献していきたいと考えています。

注記*
手鏡:「手」は筆跡、「鏡」は顔を映す鏡、あるいは模範の意味。つまり、手鏡とは、あたかも鏡を開くように手軽に鑑賞できる、厚手の紙で作られた折帖に古人のすぐれた筆跡を貼り込んだもの。古筆家が鑑定の基準とした古筆の断簡の作品集。