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| 実は、『さらば勘九郎』を読んだとき、小松さんは勘三郎さんのファンだという印象を受けていたんです。 |
| そうですね。私は自分が本当に向き合える、つまり好きなものや人しかテーマにしません。書き手のエゴかもしれないんですけど、やっぱり徹底的に勉強するし、推敲を重ねて書くから、嫌いなものはできないんですね(笑)。だけど、会ったときにはその知識をゼロに戻す。この人のことを知りたい、そして誰かに伝えたい、そう思っている一番の人間は私ですよ、だから絶対信頼を裏切るようなことをしないし、事実をねじ曲げるようなことはしません、という心をきちんと伝える。逆に、自分がそういう気持ちを曲げるような愚かな心を持つような瞬間が来たら、それはこの仕事を辞めるときだと思っています。 |
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| 人の人生を描くことの怖さはありませんか? |
| 怖いです。本当に怖い。07年7月に出版した『中田英寿 誇り』も、最初は出版社に3カ月で書いてくれと言われたんですよ。ワールドカップが終わって中田が引退して1、2ヵ月後に本を出したい、って。でも私にはできなかった。例えばサッカーのシーンは、私はサッカーをやったことがないし、サッカー・ライターではないから流暢に書けないんですよ。だから何度も何度もビデオを見返して、本当にこれでちゃんと読者の方に日本代表や中田英寿の姿が伝わるの?と書き直していった。するとやっぱり1年の時間が必要だったんですね。原稿を印刷所に入れたら、そこから先はもう私の手から離れてしまうわけだから、相当の覚悟がいるんです。だから、それを乗り越えるぐらいの推敲と、緻密な校正作業を繰り返さなければならない。それがないものは絶対に出しちゃいけないと思っています。1冊の本を書くのに、短くて3年、長いものだと7年かかっています。 |
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| インタビューと執筆という二つの作業はかなり違いますよね。 |
| 作業としては全然違います。有名な方を取材する機会が多いので、よくインタビューをクローズアップされるんですけど、やっぱり本分は書くことと思っているので、原稿に費やす時間は絶対におろそかにできません。原稿を書くことが一番好きで、一番大変です。 |
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| どんなふうに執筆を進められるんですか? |
| 例えば『中田英寿 誇り』の構成を考えるために、1カ月間ぼうっと考えているんですよ。他の人から見たらただぼうっとしているふうにしか見えないんですが、そうやっていると、ちょっとロードマップみたいなのが見えてくるんです。『中田英寿 誇り』のプロローグは、ドイツワールドカップ予選のブラジル戦の最後のシーンなのですが、実際にあの試合を見ながら、「絶対ここから書きだそう」と、思っていました。だけど、その後の構成は、もうありとあらゆるシミュレーションをしましたね。だから本当は原稿用紙数千枚の原稿は書いているんですよ。それを練って、捨てて、組み合わせて、最後は850枚です。 |
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| 数千枚が850枚になるんですか。 |
| そうです。原稿を書くっていうことが一番苦しいんですよ。馬鹿みたいなんですけど、本当にストレスで不整脈とか出ちゃうんです。もう入院してくださいとか言われちゃう。だって、この原稿を書けなかったら、私死ぬしかないんですよ。中田のインタビューは全て終わり、出版社は原稿を待っていて、もう書けません、とは言えないわけですよ。逃げるしか方法はないんですけど、逃げても生きていけないし(笑)。 |
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| 書くときに意識されていることはありますか? |
| ローマとフィレンツェにある修復科学研究所を取材させていただいたとき、印象深いことがあったんです。取材する前までは、私は修復家って画家と対なる仕事をしていると思っていたんですよ。すごくクリエイティビティがあって、なおかつ技術があるから修復ができる、と。ところが、そこで取材した修復家のパオロ・ブラッコさんという女性修復家は、「自分は絶対にオリジナルを汚しちゃいけないから、クリエイティビティを持ってはいけないんです」と言うんですよ。考えてみたら、描こうと思えばどんどん上から描けちゃうわけですし、誰も止める人はいない状況なんですよね。だからこそ、それほどの自制心を持って、道徳心を持って修復するかが重要で、自分をアーティストと勘違いした瞬間に修復家である資格がない、と言うんですよ。「この絵が未来永劫残ってほしいけれど、私の存在など知られる必要はないんです」って。 |
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| 強い心ですね。 |
| 私はそれまで、自分の仕事を後世に残したとか、もっと大きな取材をしたとか、そういう思いにベクトルが向いていたんですね。だけどパオロに会ってからは、私が書いたものなんて、好きな人が覚えてくれればいいし、私が世の中に一番伝えたいテーマのことだけが残っていてくれれば、これほど幸せなことはないと思えるようになったんですよ。本の主人公はあくまで私が書くテーマであるのですから。 |
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| −逆に言えば、それだけの感動を与えてくれる人たちを取材される、ということですね。 |
| 本当にそう思っています。例えば、歌舞伎役者の舞台を観たときに、「ああ、この役者と同じ時代に生まれて良かった」と思うんですよ。彼らにとっては毎日の一つの演技、一つのプレーなんだけれども、取材する私たちが見る1コマ1コマは“歴史”だと思うんですよね。そうやってそこに立ち合い、それを書くことを許されている自分の立場をものすごく畏怖するし、すごく喜びでもあるし、やっぱりその責任は重くて、ちょっと怖いんですよ。だから、そういう立場に置かれたことを忘れずにいたいですね。 |
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