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| 最初の長編の作品が野茂英雄さんのインタビューだったということですが。 |
| 私が32ぐらいになった頃に、『Number』の編集長が、『ナンバー・ノンフィクション』という長い原稿を書かせてくださったんです。それが野茂英雄の記事でした。彼は甲子園に行ってない、公立の名もなき高校の生徒で、ただ一度だけノーヒットノーランという、ピッチャーにとってはすごい大仕事をして話題になった投手だったんですよね。そんな野茂英雄の高校時代をルポルタージュするっていう企画だったんですよ。ところが取材に行ってみたら、野茂は「うん、ああそうですね」とか、「あー覚えてないな」とか言うだけで、約束の1時間半が終わりそうになった。 |
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| 野茂さんはインタビュー嫌いと言われていましたよね。 |
| もう真っ青になりました。当時の彼は沢村賞を取った後だったので、ものすごくメディアからも注目されていたし、取材規制があって、1時間半なんて時間はもう二度ともらえないようなスケジュールでした。この取材は失敗だった。編集長になんと言えばいいんだろう、と落胆しながら、帰り間際「野茂さんの野球を観ているとまるでメジャーのゲームを観ている興奮に包まれる」と言ったんです。「三振が出るたびにあのKボードが掲げられ、スタンドに熱狂が生まれる。メジャーのようなダイナミックな野球を観せてくださってありがとうございます。私もいつか藤井寺球場に行って、あのKボードで応援したいな」って。そうしたら、それまで返事しかしなかった野茂英雄が、「本当にありがとうございます。僕も大好きなんです、あの応援が」と言って、急にいろいろ話し出したんですよ。そこから1時間半しゃべってくれた!「僕はあのボードを見るたびに、甲子園にも出ていなかった、もしかしたらプロにも入れなかった自分が、やっと社会人で頑張って認めてもらって、僕のこの三振の一つ一つが誰かに勇気を与えているかなって思うと、どんなことでも頑張れるんですよ」と言い、やがて、「覚えてない」と言った高校時代のこともたっぷり語ってくださいました。 |
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| 小松さんの言葉が、これまで頑なだった方の心を開いたんですね。 |
| インタビューって何て不思議な作業なんだろう、と思いました。私は取材者だから、初めて会った人に、「青春時代はどうだったんですか?」「そのときどんな思いだったんですか?」と聞くことを無条件に許されるわけですよね。でも、相手が覚えてないと言ったらそれは覚えてないことだし、ああそうだったかも、と言われたらもうそれで終わってしまうわけですよね。でも、その心の扉が開いたら、初対面の私にさえ思いの丈を語ってくれるんですよ。インタビューという行為の難しさと素晴らしさを知りました。野茂英雄から受けたレッスンですね。 |
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| 野茂さんと同じくメジャーに挑戦し成功したイチローさんは、どういう経緯で取材されたんですか? |
| イチローさんの本を作ろうという編集者からロングインタビューを依頼されました。野球ライターがイチローさんにインタビューをしても、なかなか話がかみ合わずうまくいかない。なので、野球をやったこともない私にチャンスが巡ってきたのかも知れません。 |
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| 野球を知らないからできたインタビューだった?! |
| そうなんですよ。私は、記録や戦績は図書館に通って勉強しました。でも最初にイチローさんにお会いしたとき、こう言ったんです。「私は150キロの球の速さがどんなものか知らないし、野球場のフィールドがどれほど広いかも知らないし、硬球のボールを投げたことも取ったこともない。だから、イチローさんがどんなことをしているのか体感することはできない。でも、多くのファンは私と同じ立場で、イチローさんの野球をスタンドかテレビからしか観ることができない。だからそんな者にどうかイチローさんの想いや、そのプレーについての話を、イチローさんの言葉で伝えてください」って。そうしたらイチローさんが、「わかりました。僕はこれまで自分の野球は感覚の中でしかなかったし、それをどんな人に伝えても絶対に理解されないと思っていたけれども、小松さんが真っ白いところに僕の言葉を受け取ってくれるなら、僕は今までしなかったことをやってみます」と言って、肉体の感覚すら言葉にしてくれた。それであの『イチロー・オン・イチロー』が書き上げられたんです。 |
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| 話す側にも踏み出す瞬間がある。それを小松さんは作ったんですね。 |
| 取材をする側って権力があるわけですよ。聞くことも書くことも許されている。でも、取材を受けた人はそれを無条件に認めなきゃいけないわけです。それがどれほど怖いことか ― 本当に自分のことを理解してくれているのか、疑いを持って当然なわけです。私が取材で出会う方たちに教えてもらったことは、インタビューとは言葉のやりとりではなく、心の交流だということです。インタビューの前、私はできる限りのことは全部します。資料を読むし、観られる限りのゲームや舞台を観るし、その人のことを毎日考える。現時点でこの人のことをこれだけ知っている人はほかにいないだろうと自信を持つぐらいにその知識を吸収します。 |
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