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| お医者さんにもいろいろな専門分野があると思うのですが、本田先生が、HIV/AIDS診療に関わったきっかけは何だったんですか? |
| 2つ目の職場が、房総半島にある亀田総合病院というところだったんですが、この地域はお年寄りが多くて、患者さんの大多数が65歳以上の方でした。多くのお年寄りは、肺炎や膀胱炎などの感染症でご入院になっていて、その治療がうまくいくとお帰りになれるし、他のいろいろなご病気が一緒になって起こってしまえば重症になってしまうんですね。それを見ていた経験から、感染症をうまくマネジメントできる、老年医療を専門とする医者を目指すようになりました。その後、感染症について学ぶために移ったのが、たまたまHIVの専門機関だったんです。 |
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| その当時のHIVはどんな状況だったんですか? |
| 1996年〜1997年ごろで、感染症科全体で150〜200人ぐらいのHIVの患者さんを診ていたんですが、HIVの治療薬が広く使われ始めたころで、いつもどなたかが入院していましたし、まだ手遅れになる人もいました。その後、私は米国に行って、内科の研修医を経験し、もともと目指していた老年医学の勉強をしていたのですが、ちょうど日本で、お年寄りのHIVに関する研究ができる臨床の仕事のお誘いがあったので、戻ってきたんです。 |
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| HIVの仕事に関わられている中で、面白いと思うことはどんなことですか? |
| 私は、継続性がある仕事がすごく好きなんです。救急医療のような、目の前の緊急の問題を解決するためのダイナミックな医療とは少し違って、HIVは治らない病気だからこそ、“Continuity of care”(治療の継続性)があって、患者さんが私を捨てない限り、私は患者さんの健康の面での相談に乗り続けることができるんですよね。 |
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| 長く関わる患者さんが多くなりますよね。 |
| そうなんです。もともと、このご病気は「粘膜と粘膜との濃厚な接触」という身体的コミュニケーションによって感染するので、医師も患者さんとのコミュニケーションを大事にします。その方の健康を知るうえでも大事だし、あとはもう一歩進むと、新しい感染者を早めに見つけるためにも大事です。ですから、患者さんとは本当にいろいろなお話をします。感染経路や家族構成、仕事、家族に感染を話しているか、など内容は様々です。調子が良くなると、年に3〜4回病院にいらっしゃるだけなので、季節が変わるごとにお目にかかってお薬を3ヵ月分お渡ししたり、お仕事での成功や資格試験に合格されたというごく普通の世間話ができたり、あるいは医療機関で働いている患者さんとは職場の話をしたり。ですから、200人以上の患者さんがいますが、どの方も印象深いですし、一生忘れないと思いますね。 |
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