HIV(エイズウイルス)とともに生きる女性たちによるエッセイ集。
「ポジティブに働く」 / マリコン
私が10歳の頃、よく母に「大きくなったら何になりたい?」と聞かれたものです。私はいつも「オフィスで働きたい」と答えていました。中等教育を終えると私は、経済的な事情から2年制の秘書養成コースに進みました。その2年間のコースを終えるまで、朝はバナナを売り、午後に学校に行くという生活が続きました。秘書養成コースを卒業してからは、契約職員として政府機関に就職しました。その当時、私は職場でHIV感染について研修を受けた初の女性職員で、しかも最年少でした。
2年が過ぎ、別の政府機関に正職員として異動することができました。私は、学士号を修得するために勉強を再開しました。当時の生活は、学校に行き、オフィスで働き、教会に行き、家で過ごすという日々の繰り返しでした。HIV陽性の診断が下されるまでは。
それまで私の人生はいたって普通のものだったので、その事実を受け入れるのは容易なことではありませんでした。なぜこんなことが自分の身に起こってしまったのだろう?HIV陽性となってしまった今、どうやって働けばよいのだろう?私のキャリアはどうなるの?もう一度結婚できるのだろうか?もし結婚したとしても、身体が弱ったら仕事ができないし、子供たちを養っていくこともできない。HIV陽性者は仕事なんてしていられないと思いこんでいたので、仕事を辞めたいとも考えました。そんなあらゆる思いが、私の脳裡を駆けめぐっていたのです。
ところが、ある日病院に検診に行ったときのことです。同じ境遇の人々の集まりに来てみないかと誘ってくれた人がいて、私はついてゆくことにしました。そしてそこで、思いがけないことが起こりました。そのグループに出会って、私はもっと強くなる勇気をもらったのです。仕事を辞めることを思いとどまり、一生懸命に働きました。
それでも、気分がすぐれず、家で休まなければならないことがたびたびありました。上司は、なぜしょっちゅう仕事を休むのかと尋ねてきましたが、私は嘘をつくしかありませんでした。頭痛で伏せっていたとか、生理でお腹が痛かったとか、歯が痛いとか、消化不良を起こしたとか、思いつく限りの理由を並べました。
けれども、上司、そして職場の同僚でもある何人かの親友に、自分が置かれた本当の状況を打ち明けなければならない時がついにやってきました。事実を明らかにすることで、差別されたり白い目で見られたりするのではないかと、最初はとても怯えていました。そこで私は、まず彼らにHIV感染について正確な知識を持ってもらうための啓発活動を行いました。もちろん、彼らはなぜ私がそんなことを始めたのだろうかといぶかしがりました。けれども彼らは、私がある団体でボランティアをやっていたために、それもその活動のひとつだと思ったようです。やがて私は、ころあいを見はからってHIV陽性であることを打ち明けました。彼らはひどくショックを受け、言葉を失っていました。それでも、私はすっきりとした気持ちだったのです。そして彼らは私を受け入れ、わけ隔てなく接してくれました。同僚のひとりからは手紙ももらいました。そこには、「あなたが人生の最も大事な秘密を打ち明けてくれた瞬間、私はあなたに感服し、敬意を覚えると同時に、今まで以上にあなたを好きになりました」とありました。
私たちの人生において、恥ずべきだと思うこと、あるいはみじめだとさえ思えることを受け入れるのは、難しいことです。けれど、受け入れなければならないのです。今ではHIV陽性者として、自分の状況を以前よりも率直に職場の同僚に語れるようになり、議論さえできるようになりました。私の仕事は以前に比べて負担が軽くなり、周囲も私の体調を気遣ってくれます。ときには、このような仕事は私にはできないと思うこともあります。そんなときには、「だれもが、信念をもって臨めば何事もやり遂げることができる。だから私だって、やり遂げたいという意志があればできるはず」、そう自分に言い聞かせています。
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