HIV(エイズウイルス)とともに生きる女性たちによるエッセイ集。
「愛とともに生きよう」 / マリコン
人が愛について語る言葉はさまざまです。愛とは盲目。愛とは犠牲。耐えること。敬うこと。心を開くこと。愛は山をも動かす。愛は幻想にすぎない …
しかし私にとって「愛」とは自分の最善を尽くすこと、そして正しいことを正しい時に正しい場所で行うことです。愛しすぎることは、時として危険なものです。愛するあまり人を傷つけ、時には殺してしまうことさえあります。
自分がHIV陽性だと知った時、私は天と地がひっくり返ったような思いでした。どうしたらよいのか本当にわからなかったのです。私の状況を知っている姉妹や友人たちには本当の気持ちを隠そうとしましたが、それはとても難しいことでした。何が起こっても恐くない、と周囲には強がっていましたが、心の奥底では虚しさと孤独を覚えていました。私にはたくさんの友人がいますが、私は友人たちに会うことで孤独な心から目をそらしていたにすぎません。苦痛を和らげるために、時おり歌を作り、詩を書いたりもします。それでも、ふたたび落ち込む瞬間がいずれはやって来るものです。私にもそんな時が訪れました。
見る、調べる、追い求める、探る、尋ね歩く、ネットサーフィンする。どのような言いかたをしてみても、正直なところ本当の気持ちを隠すためにそうしていたのだと言わざるを得ません。私の身に起こった出来事のせいで、初めのうちそれはただの戯れのようなものでした。男の人なんて信用できないという心境だったのです。夫と私は、最初の5年間を友人として、その後の2年間を恋人同士として、そして結婚して1年近くともに過ごしてきたというのに。彼がHIV陽性であることなど知りもしなかったのです。けれど本当の愛にめぐりあえれば、その愛はあなたを人間としてだけでなく、正しい考えをもった女性へと変身させます。その秘密をみなさんにもお話しましょう。
夫と結婚する前に、私には何度か他の男性との恋愛経験がありました。そのひとつは、私にとって特別なものに感じられました。夫を愛していなかったというつもりはないのですが、あえて言うなら、当時はその彼をとても愛していたのです。それが本当かどうか疑問に思われるかも知れませんが、それをどう証明したらよいかわかりません。
1994年の5月に、私は合唱クラブでゲイリーと出会いました。最初は、私にとって彼は夢中になるほどのタイプではなかったのですが、時が経つにつれて彼は私の親友となり、彼の人柄のよさがわかり、ハンサムで瞳がとても素敵で、頭もよいことに気づきました。彼は素敵な声をしていて、ギターを弾くこともできました。そうして、私は彼に惹かれました。
1996年の5月29日に、彼が初めて「愛している」と私に告げました。私は本当にびっくりして、うろたえました。親友に「愛している」などと言われることを想像してみてください。私たちが「親友のような恋人同士」になる予感がしました。片時も彼のもとを離れない、それが私の人生で最も幸せな時でした。朝早く目を覚まし、ふと隣を見ると彼がいる、という情景を思い描きました。ともに白髪になっても彼と一緒にいるというのが夢でした。休暇を過ごす時も、それが世界のどこであっても、手に手を取ってふたりで歩むのです。楽しい時も辛い時も彼と一緒に、というのが私の望む最大の目標でした。けれど…。どんな恋愛関係にも苦難が訪れることを思い知らされました。愛すれば愛するほど、多くの苦しみや痛みが顔をのぞかせるのです。
彼が別の女性と浮気していることを知ったのは、1999年10月5日のことでした。どうしてそんなことをしたのか、彼を問い詰めました。彼は初めのうちそれを否定し、言い訳しました。しかし私には、彼が裏切っているという証拠があったのです。私が信用するつもりがないことを見て取ると、彼はこう言いました。「君を傷つけたくはなかったのだけれど、彼女は何を言ってもきかない。僕が君を愛していることなんかおかまいなしに、僕のことを本当に好きだと言うんだ。自分は2番目の存在でもいいから僕と付きあいたいと言っている」。最悪の気分でした。どう説明したらよいかわかりませんが、何も考えることができず、泣き続けました。夜も眠れず、いったい自分がどのような振る舞いをしてこうした仕打ちを受けることになったのかと考えあぐねては、ただ涙に暮れるばかりでした。しかし、自分が裏切られたにもかかわらず、それでも彼を本当に愛していると感じていました。彼を愛してはいるけれど、もはや信じることはできず、彼への尊敬の念が薄れていきました。そうして、これからはただの友人になるのがいちばんよいのではないかと彼に伝えました。彼は私を本当に愛していると言い反対しましたが、私はあくまで別れると言い張りました。それから数か月が経ちましたが、私は彼のことが忘れられず、もう一度彼にチャンスをあげられたらと願うこともありました。他の男性を探そうにも、彼のような人はいなかったからです。
月日が過ぎ、私は新しい男性に出会いました。彼の友人であり、私の夫となったアレックスです。
恋愛は、日々の呼吸のようなものです。愛はいつも身近なところに存在しています。明日も必ず太陽が昇るように、愛もまたきっとめぐってきます。愛のために傷つくことを私は恐れません。愛するチャンスがないよりも、むしろ愛して傷つきたい。今、私は新たな愛を見つけることに対してとても「ポジティブ」(積極的)です。希望を失わず、「ポジティブに」(前向きに)愛を見つけていきたいと思っています。
結婚しない恋愛関係や、愛のない結婚もありえます。けれど一番大切なことは心の奥深くに本当の愛を見いだすことであり、それはあなたの中にあるのです!
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